
甲州市の2025年10月1日現在の人口は、28,760人。
10年前の平成27年、2015年には33,320人だったというから、この10年で約4,500人もの人が減ったことになる。
数字だけを見ると静かに見えるけれど、その背後には、暮らしの音や風景の変化が確かにあるように感じる
大月市から甲州市までは、車でも電車でもそう遠くはない距離。
中央本線の窓から見える山々やぶどう畑、そして甲斐の空気。
いつも通り過ぎるだけのまちだけれど、最近ふと、「あの辺りも少し静かになったな」と感じるようになった
甲州市といえば、何といっても勝沼のぶどう
秋になると、道沿いに並ぶぶどう園から甘い香りが漂ってきて、遠くから来た観光客の笑い声が響く。
でも、そのにぎわいの裏で、地元の人たちは年々減っていく現実と向き合っている。
昔は家族総出でぶどうを育てていた畑も、今は「おじいちゃん一人でやってるんだ」と聞くことが増えた。
人が減るというのは、ただの統計ではなく、「手の届く人の輪」が少しずつ小さくなっていくことなのだと、そんな気がする。
それでも、このまちはいつも優しい
勝沼ぶどう郷駅に降り立つと、目の前に広がる棚田のようなぶどう畑。
季節ごとに色を変えるその景色は、まるで甲州市そのもののよう。
春には桃の花が一面に咲き、夏は青々とした葉の間からぶどうの実が顔をのぞかせ、秋は黄金色に輝く果実がたわわに実る。
冬の静けささえ、どこか温かく感じるのが不思議だ❄️
この町の人たちは、ゆっくり話す。
そして、どこか誇りを持っている。
「うちは代々、ぶどうを作ってるんだ」「昔はもっと観光バスが来たんだけどね」
そう言いながらも、笑っている顔には、どこか穏やかな強さがある。
人が減っても、まちは消えない。
そこに息づく人がいる限り、風景はまだ生きている
僕の住む大月市も、同じように人口が減っている。
だからこそ、甲州市のニュースを見ると、まるで自分の町のことのように感じる。
高校の同級生の何人かは、東京や甲府に出て、そのまま帰ってこない。
仕事の選択肢も少ないし、若い人が定住しにくいのは確かだ。
でも、だからこそ、地元に残る人たちの存在が、より大切に思えるのかもしれない。
休日になると、僕はときどき甲州市までドライブする
勝沼ぶどうの丘で温泉に浸かって、甲府盆地を見下ろす。
あの眺めの中に、数えきれない暮らしがある。
減っていく人口の一人ひとりが、その風景の一部をつくっていたのだと思うと、胸が少しきゅっとなる。
「変わっていくこと」は、寂しさだけじゃない。
甲州市では、最近、ワインや農産物のブランド化が進み、若い移住者も少しずつ増えていると聞く✨
古民家をリノベーションしたカフェや、地元の果物を使ったスイーツショップなど、新しい風も確かに吹いている。
数字では減っているけれど、そこにある“熱”は、むしろ濃くなっているように感じる。
静かな町ほど、人の温度がよく伝わるものだ。
地図で見ると、甲州市は山に囲まれた盆地のような場所。
その地形ゆえに、昔から人々は互いに助け合って生きてきた。
雪の日には近所でおかずを分け合い、祭りのときは子どもたちが笛や太鼓の練習に励む。
そんな文化が、まだ息づいている。
人口という数字は減っても、土地に根を張る“暮らし”は、決して消えてはいない。
僕が好きなのは、夕方の勝沼の風景。
ぶどう棚の隙間から夕日が差し込み、山の稜線がオレンジ色に染まるその瞬間
車を止めて眺めていると、「ここで生きている人たちの時間」が、ゆっくりと流れているのを感じる。
都会のような便利さはないけれど、心の底から「ここで暮らす意味」があるような気がする。
人口が減っていくという現実は、たしかに重い。
でも、それをただの“衰退”と見るのではなく、次の形への“移行”と考えたい。
甲州市のぶどう畑も、きっとこれから違う世代の手で、新しい景色をつくっていくのだろう。
そのとき、僕たち近くの町の人間も、同じ山梨という土地の仲間として、支え合っていけたらいいなと思う
地図の上では小さな一市。
でも、そこにある暮らしは、決して小さくなんかない。
ぶどうの香り、山風の音、人の笑い声。
それらすべてが積み重なって、甲州市というまちを形づくっている。
秋の夜、ベランダから見える山の向こうに、甲州市の灯りが小さく瞬いている。
あの光のひとつひとつに、人の暮らしがあり、物語がある。
人口の数字では測れない温かさが、そこには確かにある