道志村の高齢化、暮らしにどう響いているのか

山梨県道志村の風景

大月市に住んでいる自分が、国道413号を通って何度も訪れてきた道志村。
山あいの静かなこの村では、住んでいる人の半分近くが高齢者だという。
それがどれほど暮らしに影響するのか。
道志の湯に入って、道の駅どうしで買い物して、帰り道でふと考えた。
不便さと安心、そして知恵と工夫が同居する、この村の日常について書いてみたい。


まずは結論から

高齢化、道志村はかなり進んでいる

これははっきりしている。
公のデータでも高齢化率は4割を超えていて、県内でもかなり上のほう。大月も高齢化は深刻だけど、道志村のそれは、もっと直接的に暮らしに響いている印象がある。

どんなふうに生活に影響してるのか

一番は移動のしづらさ。
それが買い物、病院、役場の手続き、集まり方、地域の支え方、防災対策…いろんなものを少しずつ形を変えていく。
不便さは確かにある。でも、見守りのあたたかさみたいなものは、逆に濃くなってる気がする。


道志みち一本でつながる生活

413号線が止まると、村の生活も止まる

道志村を通る国道413号、通称道志みち。これが生活の軸になっている。
大月から入るときは都留ICからぐるっと回るか、気分で山側を抜けていくことも。
山伏峠あたりは霧や雨が多くて、天気が一気に変わる。落ち葉が道路に貼りついて、滑りそうな時もある。
高齢化の話に道の話を絡めるのは、それだけ生活と道が密着しているから。

峠を越えるか、トンネルを使うか

山伏峠か、山伏トンネルか。選べるけれど、どっちにしても高齢の方にとっては冬や夜間の運転は不安が大きい。
「今日は出るのやめようか」となると、予定も溜まる。そうなると、生活全体のテンポが変わってくる。


動くのが大変になると、用事もぎゅっと凝縮される

運転できるかどうかで、暮らしが変わる

道志村では特にそう。
車を運転できる人は、自分のペースで生活を組み立てられるけど、免許を返納した瞬間に日々の動き方が激変する。
バスがあるとはいえ、本数や時間、バス停までの距離がネックになる。

一日に全部済ませる「道志流」

よく見かけるのがこんな流れ。
朝は診療所で診てもらい、帰りに道志村役場で書類を出す。
そのまま郵便局で記帳して、道の駅どうしで野菜や調味料を買い込む。
体力が残っていれば、道志の湯でひと風呂浴びてから帰る。
一日で全部済ませる。それができる日が貴重だから、詰め込む。

外に出ないと、人と会わない

家にこもる日が増えると、誰とも話さない日が生まれる。
だからこそ、道の駅どうしや診療所、役場や温泉は「会える場所」でもある。
ただの施設じゃなく、日常の区切りになってる。


買い物のスタイルが大きく変わる

村の中だけでは足りないものもある

道の駅どうしはすごく便利。
でも、日用品や急に必要になるもの、薬や乾物などはやっぱり村外頼みになることが多い。
その不安感は、高齢の方にとってより重い。

冷蔵庫と冷凍庫が頼れる相棒になる

行けるときにまとめて買う。もらった野菜も無駄にできない。
だから冷蔵・冷凍の活用が欠かせない。
でも、保存には手間がかかる。下処理できるかどうかも、高齢の体には負担になる日がある。

給油も気を使う

たとえば道志SSのような場所があると安心。
車移動が基本の村では、ガソリンが暮らしの命綱。
「今のうちに入れておこう」っていう感覚が、高齢者には特に強くなる。


医療が近くにある安心と、その先の不安

村内に診療所があるのは心強い

道志村国民健康保険診療所は、ちょっと具合が悪い時に気軽に行ける場所として本当にありがたい。
何かおかしいと思ったときに、相談できる場所があるかどうかは大きい。

でも、専門的な治療は村外へ

精密検査や入院となると、どうしても町まで出る必要がある。
そうなると付き添いや移動手段の問題が出てくる。
高齢化が進むと、「病気そのもの」より「通うための段取り」のほうが問題になってくる。

大月も同じだけど、道志村はもっと切実

大月だって坂の多い地区はある。けど、道志村は一本の道に頼る比重が強くて、余裕が少ない。
ちょっとした体調不良が、大きな生活不安に直結しやすい。


行政や集まりも、コンパクトにまわしていく

用事は役場周辺に集中

用事がいくつかあるなら、なるべくまとめて役場近くで済ませたい。
あちこち回るのは体力的にきついから、動線をまとめるのは理にかなってる。

公民館にも、時代の流れが出る

道志村中央公民館。昔からある場所だけど、維持の手間や老朽化で、使い方を見直す流れもある。
人手が減るから、集まりの数も内容も見直されていく。

気軽さがだんだん薄れていく

ちょっとした手続きも、行くまでがハードルになる。
電話で済ませるか、家族にお願いするか。
その結果、後回しになって、生活のリズムがずれてしまう。


一つ屋根の学校が持つ意味

子どもと地域がつながる場所

道志小中学校は、小中が一体的に運営されている。
行事があると、地域の大人たちも顔を出す。
歩き方や声の調子から、ちょっとした異変にも気づける。そんな場面もある。

支える側も年をとる

PTAや手伝いの顔ぶれが固定化してくると、どうしても無理が出る年もある。
行事が続く年もあれば、縮小される年もある。
毎年違う。その変化もまた、リアルな道志村の表情。


担い手が減って、生活のスキマが目立ってくる

草刈り、雪かき、側溝の手入れ

山間部は手を抜くとすぐ自然に戻る。
でもその「手」が年々減っていく。
すると、小さな不便が日常に染み出してくる。

声かけが、新しい支え方になる

何かあったときに、声をかけ合えるかどうか。
車が動いてない家、カーテンがずっと閉まってる家。
気づけるかどうか。そこに地域の力が出る。


災害や悪天候が、暮らしを直撃する

道が不安定だと、心も不安定になる

国道413号が通れない日があると、それだけで生活が止まる。
買い物も、通院も、宅配も遅れる。
若い人なら何とかなるけど、高齢者にとってはそれが即、生活の危機になる。

防災で一番大事なのは人とのつながり

モノの備えも大事だけど、やっぱり一番強いのは「誰が誰を見てるか」という関係。
スマホが苦手な人でも回る仕組み、日常の中のつながりが、非常時に生きてくる。


観光が生活を支えることもある

道の駅どうしは、情報と人の交差点

観光客が多いけど、地元の人にとっては情報交換の場でもある。
買い物のついでに誰かと会える。用事がなくても寄りたくなる場所。

温泉の持つ力

道志の湯。体を温めるだけじゃなく、心にも効く。
家にいると話す相手がいない日も、温泉に行けば誰かと話せる。
それが一つのリズムになる。

体験施設がつくる役割

久保分校、森のコテージ、渓流フィッシングセンターなど、観光拠点があちこちにある。
短期的な仕事や、ちょっとした手伝いが生まれる。
高齢者でも無理なく関われる場があると、生きがいになる。


大月から見た、道志村の今

似ているところ

大月も坂が多い。人が減って、担い手も減ってきている。
だからこそ、道志村の悩みがよく分かる。

違うところ

道志は、道志みち一本で生活が回っている。
だから、工夫も道に集中してる。助け合いも、ぎゅっと詰まってる。
そういう濃さがある。


最後にもう一度、答えを書いておく

道志村の高齢化は、ただの数字じゃない。
生活そのものが、高齢者の動きに合わせて少しずつ再設計されている。
移動、買い物、通院、集まり、防災。全部がじわじわと変わっていく。
でもその変化の中には、人の温度がちゃんとある。
道志みちを走るたびに、それを感じている。静かだけど、確かに動いている。そう思う。



道志村のことを知れば知るほど、「不便そう」と思っていた自分が浅かったなと感じる。
確かに移動も買い物も病院も、簡単じゃない。けれどその中で、どうやって暮らしを守るか、どう助け合うか、そういう知恵がしっかり根づいている。
道志の人たちが見せてくれた姿は、未来の日本の縮図かもしれない。
通り過ぎるだけじゃ見えない風景を、もっと丁寧に見ていきたいと思った。